Vol.25 パーカッション

和田 光世(わだ みつよ)氏

profile
東京佼成ウインドオーケストラ楽団員
●東京藝術大学大学院卒
●日本管打楽器コンクール第3位 現代音楽演奏コンクール競楽Ⅳ第3位
●東京シンフォニエッタ 打楽器四重奏団 “Shun-Ka-Shu-Toh” Percussion Unit “UNZARI” “パーカッション・チェンバー”

物心つく前から始めたマリンバ
子どものころは練習が嫌だった

私が打楽器を始めたのは、4歳くらいのころです。母が結婚する前にマリンバをやっていたことから、私の家にも大きなマリンバがありました。まだ背が小さくて届かないころから、電話帳を積み重ねた上に長い板を置き、私はその上に乗ってマリンバを叩いていました。小学校のときも、転勤をして先生は代わってからもずっとマリンバを習っていました。

一方で、学校のクラブは音楽部ではなく、運動部に入っていました。選んだのは、小学校では水泳部、中学校ではテニス部です。運動が好きだった、という理由もありますが、物心がつく前から音楽をやらされていたので(笑)、子どものころは練習が嫌で、反動で音楽以外のものをやりたかったんです。マリンバの練習をできるだけしなくてよいように、いつも忙しく予定をいれていました。

マリンバから一度離れて芽生えた
「音楽の道に進みたい」という思い

一つの転機となったのは、高校に進学したことです。高校も音楽高校ではなく普通科の学校に行ったのですが、高校生になった際、母から「あなたの人生はあなたが決めていい。音楽をやめてもいいし、好きな道に進みなさい」と言われました。それまで嫌々マリンバの練習をしていた私は、ここぞとばかりに通っていたレッスンをお休みにして、音楽を一時やめてしまいました。

そうすると不思議なことに、あれだけ嫌だったはずのマリンバを演奏できないことが、なんだか寂しくなってきました。それまで毎日あったものが急になくなって、物足りなくなったのかもしれません。

結局半年ほどたった高校一年生の秋ころ、やっぱり音楽をやりたいと考え、音楽大学に行きたいと両親にお願いをしました。

それを機に、音楽大学への進学を目指して勉強をはじめ、ずっと音楽の道を歩んできました。

異なる年齢の子どもたちと行った
島の廃校での音楽合宿

音楽合宿にも、小さなころから参加をしていました。私にとっての「音楽合宿」というと、いろいろな年の子どもたちが参加する、マリンバの先生が主催していた合宿です。伊豆諸島の大島に先生が購入した廃校があり、夏になるとマリンバの生徒みんなでそこに行って数日間を過ごしていました。中学・高校と吹奏楽部ではなかったため、部活動としての合宿には行ったことがないのですが、その合宿には毎年のように参加していました。

その廃校にはマリンバが数台置いてあるスペースがあり、自由に演奏することもできました。小学生の小さな子どもから高校生くらいのお兄さんお姉さんまで、10人くらいが一緒になってそこでアンサンブルをしたり、年長の人から簡単なソルフェージュを教えてもらったり、いろいろな演奏をしていました。

普段の練習はあまり好きではなかった私ですが、みんなで一緒に演奏をするのは大好きで、合宿は私にとって夏の大きな楽しみの一つでした。マリンバの練習以外にもみんなで海に潜りに行ったり、近所のお店におそばを食べに行ったり…本当に毎日「楽しい!」というイベントがたくさんありました。

毎年集まっていたその合宿の生徒たちとは、今でも交流が続いています。あの合宿でみんなと一緒に演奏した思い出があったからこそ、高校生になってマリンバから一度離れても、もう一度やりたいと感じたのかもしれません。

合わないから面白い、違うから楽しい…
合宿ならではの発見

その合宿で、マリンバの演奏に関するいろいろな発見もありました。年齢もレベルも異なる子どもたちで一緒に演奏していると、当然ながらなかなか音を合わせることができません。なんで合わないんだろう?というのが不思議で、私はそれを面白く感じていました。弾き方も人それぞれです。この子は小さいのにとても強くたくさん弾くなとか、この人が弾くと、私と少し違う音が出るぞとか、いつも興味深くみんなの弾く様子を観察していました。

合宿という形で24時間一緒に過ごすことで、それぞれの人の考え方や普段の様子、音楽の練習方法や演奏の仕方など、それまで知らなかったいろいろなことが見えてきたのだと思います。自分との違いに気が付いて、真似をして弾いてみたこともありました。今改めて振り返ると、合宿だからこそ得られる、自分一人ではわからなかった気付きや発見がたくさんあったのだと思います。

もちろん、当時はまだ私も子どもだったので、何かを深く考えて見ていたわけではありません。ただ、なかなか合わせられないな、なんで合わないんだろう、どうしてみんな弾き方が違うんだろう、という疑問がわいて、それが私にとっては面白さ、楽しさにつながっていました。

出てくる音の違いは何なのか。これは常に考えていることです。打楽器は、音を出すこと自体は誰でもできる楽器です。たたけば誰でも音が出せる。しかし、手の形や体格などの身体的な違い、そして考えている事や感じている事の心理的違いによって、音の出し方が異なります。ポン、という一つの音でも同じではなく、真似をして同じように弾いたはずなのに全く違う音が出ることもありますし、同じ音に少し近づけたかな?と感じることもあります。プロになってからもずっとその違いを考え続けています。

それらは、自分以外の誰かの演奏を聴いたからこそ出てくる疑問です。一人きりでずっと演奏していたら、その不思議さに出会うことはありませんでした。合宿で友達と一緒に演奏した時間が、その音楽の不思議さ、楽しさを知るきっかけになったのだと思います。

仲間を大切にして
周囲の違いに興味を持つと
音楽も人生も豊かになる

私が感じる打楽器の魅力は、「色をつける」ことが出来る点です。シンバルでもバスドラでも、その音一つで華やかになる、哀愁が出る…いろいろな色彩を加えることができるんです。もちろん打楽器だけではなく他の楽器の方たちが作り上げたものでもあるのですが、その中に打楽器が入ることによって、音に深みが出ると感じています。

今プロになって、仲間と一緒に演奏できる楽しさを改めて感じています。私が佼成ウインドに入ったのは、2018年。学校を卒業してかなり年数が経ってからの入団です。それまではエキストラとして演奏していましたが、楽団の一員として活動をしたことはありませんでした。

オケの一員として演奏するときは、今でもものすごく緊張します。個人練習の段階で、様々な方向性に対応出来るよう練習しているのですが、いざ本番となると雰囲気が変わったり、演奏が変化したりすることもあります。その流れにうまく乗れるよう、神経を研ぎ澄まして音を出しています。流れに乗る、浸透する、そこにあった音を出す…うまい表現が見つかりませんが、それが出来たときは今日は良かったと心から思えるのですが、そんな日はなかなかないですね。

楽団に入ったことで、そうした一つひとつの音について、演奏について、深く語り合う仲間ができたことは、本当にありがたいことだと感じています。エキストラとして短い時間を一緒に過ごすだけでは得られない、大事な存在です。

今、音楽を楽しんでいる若い人たちには、ぜひ、一緒に演奏する仲間を大切にしてほしいなと思います。自分とは違う周りの人たちの音、弾き方、それらに興味をもって真似をしたり勉強したりすることで、音楽はもっと楽しくなります。共に演奏する仲間の存在が、自分の音楽、さらには人生を豊かにしてくれる…そう感じています。