Vol.9 トロンボーン奏者

今村 岳志(いまむら たけし)氏

profile
東京佼成ウインドオーケストラ楽団員
●東京芸術大学卒業
トワイライトトロンボーンカルテット

7月・8月の「音楽と合宿とわたし」は、夏休み拡大版として、音楽人生における旅について視点を広げたお話をお届けします

姉が持ち帰ったトロンボーンに衝撃。
「なんだろう、これは?」

トロンボーンとの最初の出会いは、小学4年生のころでした。
当時、わが家は父の仕事の都合で台湾で暮らしており、兄弟で中高一貫校に通っていましたが、ある日、中学生だった姉が部活で吹いていたトロンボーンを持ち帰ったのです。

「なんだろう、これは?」
キラキラしてシュッとした美しいトロンボーンに受けた衝撃が、頭の片隅に残りました。

小学校時代の私は、体を動かすことが大好きで、中でも水泳に熱中していました。加えて図画工作も得意な「体育会系&モノづくり系」。
さらに、台湾の小学校では合唱が好きな友だちがそろっていて、音楽の時間にピアノを囲んで合唱することの楽しさを経験しました。
「みんなで音楽をつくる楽しさ」の原体験は、この合唱だったかもしれませんね。

親友と吹奏楽部へ。
水泳からトロンボーンに進路変更

中学生になると、吹奏楽部に入部しました。
水泳部がなかったので親友と一緒に吹奏楽部の門をたたきましたが、入部のタイミングが遅くて、担当できる楽器はトロンボーンかチューバの二択でした。

その瞬間、台湾時代に姉が持ち帰ったトロンボーンの衝撃がよみがえり「やりたい!」と思いました。
楽器選びはジャンケンで決めることになり、勝った友人がトロンボーンを手に取ったのですが、うらやましそうな、なんともいえない表情の私をみて「いいよ!トロンボーンやりなよ…」と譲ってくれたのです。

心優しい親友のおかげで、手にすることができたトロンボーン。
もし、あの時中学に水泳部があったら…
もし、あの時親友がトロンボーンを選んでいれば…
と、ふと考える時もあります。

最初は大変でした。楽器演奏の経験は皆無で、譜面の読みかたにもとまどいました。でも、吹けるようになるのが楽しくて、コツコツと練習しました。

中学の音楽合宿で
「運動と音楽が融合するマーチング」の
楽しさにのめり込む

中学生時代は、夏休みにマーチングコンテストに向けた音楽合宿がありました。
2泊3日前後の日程で、自然豊かな郊外の合宿施設にバスで出かけた記憶があります。
仲間と寝食をともにしながら、朝から夜までじっくり練習できることが楽しくてしかたありませんでした。

エアコンのない体育館で一日中ひたすらフォーメーションを練習するのですが、運動好きな私は、音楽合宿で、運動と音楽が融合するマーチングの楽しさ・おもしろさに気がつき、どんどんのめり込んでいきました。
中学の途中からは一般のマーチングバンドにも所属して、高校入学後もしばらくの間続けていたほどです。
吹奏楽コンクールにも参加しました。

マーチングコンテストや吹奏楽コンクールに向けた練習を通して、みんなで1つのものを作り上げることの楽しさや、人と協力することの大切さなどを学びました。

中学校の吹奏楽部の顧問の先生は、東京佼成ウインドオーケストラはじめ県内に来るプロのオーケストラのコンサートや、マーチングの九州大会などに連れて行ってくれました。
たくさんの素晴らしい演奏を聴き、私の音楽家としてのベースを作ってくださった先生には心から感謝しています。

お客様の心を動かす音楽をつくろう!

「シルクの生地のように」
という例えで、やさしく滑らかな音楽に

高校は、トロンボーンを専攻した先生が吹奏楽部の顧問をされている学校に入学しました。

顧問の先生は「みんなで、お客様の心を動かす『いい音楽』をつくる」ことを大切にしていらっしゃいました。
合奏も音楽的な要求を中心にしていらっしゃったと記憶しています。
先生は欲しい音をわかりやすく生徒に伝えるために、例えを使って導いてくださいました。

中でも覚えているのは「肌を撫でるシルクの生地のように」という例えです。
その言葉の後、優しく暖かで滑らかな音楽が流れてきたのを鮮明に覚えています。

「いい賞を取ることよりも、私たちの音楽を聴いてくれる人の心を動かす演奏をしよう。みんなでいい音楽をつくろう」

先生の言葉は、強く心に残っています。

音楽合宿があったら、
トロンボーンアンサンブルやオーケストラスタディに挑戦したかった!

吹奏楽部は、部員総数が30名程度のこじんまりとした編成で、ゆったりと活動していました。
私が在籍していた高校は、進学がメインの学校だったので、夏休みにも課外講習や模試などがあり、吹奏楽部で音楽合宿に行く機会がありませんでした。

当時のトロンボーンパートは、私の実家でバーベキューをしたり、みんなでカラオケに行ったりするなど部活以外でも仲が良かったので、もし音楽合宿に行っていたら、とても楽しかっただろうなと思います。

顧問の先生がトロンボーン専攻だったこともあり、トロンボーンアンサンブルの楽譜やオーケストラスタディ(オーケストラのトロンボーンが活躍する部分の抜粋)の楽譜を色々と紹介してくださっていたので、もし高校時代に音楽合宿があったら、全体合奏だけでなく、気の置けない友人たちとトロンボーンのアンサンブルやオーケストラスタディを演奏して「トロンボーンに没頭する時間」を過ごしていたのかもしれませんね。

親友と一緒に企画した
JAZZ TROMBONE LOBBY CONCERT

高校2年生の定期演奏会では、私にトロンボーンを譲ってくれた親友と一緒にジャズのロビーコンサート(以下JAZZ TROMBONE LOBBY CONCERT)を企画しました。

親友は、私とは別の高校に進学していて、進学を機に吹奏楽からギターへ転向していました。
そこで、私の高校のコントラバスの友人と彼の高校のドラムの友人に声をかけてリズムセクションを作り、トロンボーン6重奏とリズムセクションによるセッションを1部と2部の合間の休憩中に、ロビーで行いました。

先日久しぶりに当時の映像をみましたが、演奏者もお客様も一緒に楽しんでいたのが印象的でした。JAZZ TROMBONE LOBBY CONCERTを収録したCDは、今も大切にしています。

ちなみに親友は、その後ギタリストを目指して関東の音楽大学に進学、現在は宮崎を拠点にミュージシャンとして活動しています。

今も、宮崎に帰る機会があると必ず声をかける大親友です。

顧問の先生が開けてくれた
「演奏家への扉」

高校生になると、将来は、音楽の世界で仕事をしたいと思うようになりました。

もともとモノづくりが好きだったので、最初は楽器の修理や補修をする仕事に憧れていましたが、プロの演奏を聴くにつれ、次第にトロンボーン奏者として生きたいという思いが強くなり、高校2年生の秋ごろに、顧問の先生に相談したのです。

先生からは、演奏家を目指すなら、まずは音楽大学に入学して、幅広く体系的に音楽を学ぶことを勧められました。さらに、先生の知縁によって、当時NHK交響楽団の首席トロンボーン奏者でいらした栗田雅勝先生に個人指導していただけることになったのです。

思いがけず、現役のトッププレイヤーに教えていただくチャンスをいただき、夢のようでした。顧問の先生によって、プロになるための扉が開いたのです。

トロンボーンと向き合う「学びの旅」
プロの演奏を浴びるように聴く至福のレッスン

こうして、高校2年生の秋から大学受験までの1年半にわたり、月に1回、栗田先生のレッスンのために、宮崎から東京に上京しました。

学生服のポケットに、当時人気だったCDウォークマンを入れて、飛行機の中でも音楽を聴きながら向かう「学びの旅」でした。

栗田先生のご自宅でのレッスンは、緊張しつつも高揚する特別な時間でした。
約3時間にわたり、無心に取り組む贅沢で幸せなレッスン。
やさしいお人柄で、惜しげなく目の前で演奏をしてくださいました。

至近距離から、浴びるようにして聴くことができる栗田先生のトロンボーンの豊かな響き。
第一線で活躍中のプレイヤーの教えは、私にとってはまさに至福の時間であり、心に響くレッスンでした。

最初のころのレッスンでは先生からいただく課題に取り組みましたが、その後は受験の課題曲を教えていただきました。演奏についての実践的なアドバイスをいただきながらの有意義な時間でした。
こうして約1年半にわたる栗田先生のご指導によって、東京芸術大学に入学できました。

振り返ってみると、私のトロンボーン奏者への第一歩は、顧問の先生に背中を押していただいて踏み出すことができたもの。
きっかけを作ってくださった顧問の先生、真摯にご指導いただいた栗田先生、トロンボーンの道に進むことを応援してくれた家族に対し感謝でいっぱいの気持ちです。

心に残るチェジュ島での
音楽合宿のような日々

国際コンクールで仲間と過ごした10日間

大学生時代には、韓国のチェジュ島での国際コンクールに参加しました。
コンクールの参加者は、学校の寮のような施設で寝食を共にしながらそれぞれ音楽と向き合います。
コンクールで過ごした約10日間は、私にとってはかけがえのない共同生活でした。

各国から集まった参加者は、いずれも本気で自分の中の音楽と向き合ってきた人ばかり。
ライバルとはいえ、同じ課題に取り組んできた仲間でもあり、もっと広い目で見れば将来音楽家を志す同志でもあります。

そこでは自然と会話が生まれ、音楽の話を真剣にする時もあれば、お互いの悩みや奏法の相談をしたり、世界各国の文化の違いの話をしたりもしました。

練習環境は最高で、宿泊している自室でも、練習室でもほぼ朝から晩まで練習できます。
食事は、朝・昼食は寮の食堂を利用していました。
メニューは韓国料理が中心なので、キムチやナムルなどとても美味しかったのを覚えています。
夜は宿泊所近くの繁華街にみんなで食事に行くことが多かったです。コンクールの緊張感から解放される、貴重なリラックスの時間でした。

練習したい時にまわりを気にせずに練習できる環境のなかで、目標に向かって自分の音楽を深めることができた、このチェジュ島で過ごした10日間は、音楽に没頭できる贅沢な時間でした。

高校時代から使い続けている
ウォータースプレー

音楽の道に進むと決めた高校生のころから、ずっと使い続けているのが、このウォータースプレーです。

何気なく買ったもので、ものすごく愛着があるというわけではないのですが、栗田先生のレッスンのために上京する旅、チェジュ島のコンクールでの共同生活、そしてプロになってからの演奏旅行やふだんの練習から演奏会の本番まで、いつも傍らで見守ってくれる相棒なんです。

音楽合宿という「プライスレスな旅」を大切に

社会人になってからは、講師として音楽合宿に参加するようになりました。
学ぶ側から教える側に立場が変わり合宿を俯瞰してみると、音楽合宿に参加した生徒たちのめざましい成長ぶりに、いつも本当に驚かされます。

それほど音楽にどっぷり浸かれる音楽合宿は何にも代え難い贅沢な時間です。

個々の成長はもちろん、寝食を共にすることで団体としての結束も高まりますし、その中で自然と生まれる音楽の会話が、相手の音楽感を知ることに繋がり、相手を知るということはアンサンブルの力が増すことに繋がります。

改めて振り返ってみると、私にとって音楽合宿は、プライスレスな旅でした。

だからこそ、これから音楽合宿に参加するみなさんにも、その時間を大切に過ごしてほしいと思います。

みんなへのメッセージ

今を大切に

人生の中で、自分の時間を自分の好きなことに使えるのは、中高生時代ならでは。

中高生のみなさん、今だからこそできる「音楽合宿」というかけがえのない時間を大切にして、ひたむきに音楽と向き合ってください!