Vol.23 ティンパニ奏者

坂本 雄希(さかもと ゆうき)氏

profile
東京佼成ウインドオーケストラ楽団員
●国立音楽大学音楽学部器楽学科打楽器専攻卒業
●シアターオーケストラトウキョウ首席ティンパニ奏者(Kバレエトウキョウの専属オーケストラ)
●東京音楽大学吹奏楽アカデミー専攻講師

©Atsushi Yokota

3歳でピアノに興味を持ち
音楽の道へ

僕が音楽に興味を持ったのは、3歳のころです。近所から聞こえてくるピアノの音にとても興味をもってよく聴きに行くようになり、自分もピアノをやりたいと親に何度も頼んでいたそうです。最初のうち、僕の親はピアノを買ってから飽きてやめてしまっても困ると考え聞き入れなかったのですが、僕はあきらめずに半年以上もピアノ、ピアノと言い続けたと聞きました。「小さい子がこれだけ言うなら何かあるんだろう」と思い、とうとう買ってくれることになりました。小さかったために当時の記憶はあまりないのですが、自分のうちに大きなアップライトピアノがトラックで運ばれてきた場面は、鮮明に覚えています。

やるからには中途半端ではなくしっかりと身に付けさせたい、という親の方針もあり、幼稚園の時からレッスンに通い、自分なりに楽しくピアノを続けていました。

吹奏楽との出会い
打楽器の魅力に気づいた学生時代

中学校に進学して、音楽系の部活動に入ろうと考え、吹奏楽部に入部しました。ピアノをやっていたので、メロディーを奏でることができるフルートやトランペットがいいかなと思っていたのですが、一通りいろいろな楽器をさわってみたところ、意外にもパーカッションに興味を持ちました。リズムをキープしたり、ここぞという場面で一発の華やかな音を出したり、いろいろな音を出せる点が面白いという感覚があったんです。何かピアノと違う魅力を感じたのかもしれません。

フルートかパーカッションがいいと希望をだして、結局、パーカッションを担当することになりました。

高校でも同じく吹奏楽部に入りました。もちろん担当は打楽器です。中学校は関東大会で金賞を取ったこともある位熱心に取り組んでいた学校で、高校も県の代表を目指している80人くらいいる部活でした。そのため練習も熱心で、部活に明け暮れていた学生時代でしたね。

「第二の指揮者」と呼ばれる
ティンパニの役割

中学生の時から、特にティンパニをやることが多く、自分自身、好きな楽器でした。ティンパニはやるべき役割が圧倒的に多い楽器です。打楽器は、リズム的な側面が目立つことが多いのですが、ティンパニはハーモニーを作ったり、流れを決めたりすることが非常に多いのです。リズムを刻むだけではなく、そういうことがわかっていないとティンパニを演奏することはできません。オーケストラで「第二の指揮者」と呼ばれる所以ですね。

例えば音程がある鍵盤楽器などでも、そういうことが頭に入ってない人が弾くと、僕には音痴に聴こえます。音程が合ってればいいというものではなく、例えば調性音楽の場合には、メインの音があって、いろいろと演奏しその音に元に戻ってくる。横のエネルギーというか、ハ長調のドレミファソラシドだとしたら、ドに戻ってくる力がある。それを自然にもっていくのがティンパニの役目です。どんなにタイミングが合っていても、どんなにチューナーで音程があっていても、ティンパニはそういう感覚がない人にはできない楽器だと僕は思います。

校内にレンタル布団を敷いて寝泊まり
熱気と緊張に包まれた合宿生活

高校時代は春と秋の年2回、毎年合宿に行っていました。改めて振り返って印象に残っているのは、夏に行っていたコンクールに向けた合宿です。遠くのロッジなどに行くのではなく、合宿場所は学校。校内にあるお風呂に入り、食事も学校の方に作ってもらったものを食堂で食べます。夜は武道場にレンタルした布団を敷いて、確か5泊か6泊くらい学校に寝泊まりするという内容でした。

何年生のときだったか定かではないのですが、コンクールでの自分たちの学校の順番が早いときがありました。その年の合宿は、朝早くから体を起こして演奏することに慣れるため、練習が始まるのが朝の5時。早朝から学校の近くをランニングしたこともありました。

また高校時代の夏は、合宿だけではなく音楽大学が開催する、受験生に向けた講習会があります。音大受験を考えていた私はそれにも参加をしないとなりません。合宿とその講習会の日程がかぶっていた生徒は合宿で学校に寝泊まりし、そして学校から講習に通っていました。僕も講習会のほか、第一希望の大学で奨学金を申請していて、そのための選考会に出る必要がありました。合宿中に学校から県庁まで面接に行って、また学校に帰って来て練習をする…という生活で、しんどい毎日でしたね。

張りつめた空気の合宿
もっとやりようがあったのでは…
という思いも

早朝からパート練習をして、そのあとセクションごとに練習、最後にみんなで合奏する、というのが基本的な1日のスケジュールです。一週間近い長い日程ですが、特に息抜きのレクリエーションなどもありませんでした。今では許されないかもしれませんが、夜の11時すぎまで練習をしていたこともありました。また、その高校は僕も含め、中学校でも吹奏楽を経験し、ある程度大きな大会で成績を残してきた生徒がほとんどでした。コンクールに出るからには結果を出したいという思いがみんなの中にあり、県の代表を目指し、ずいぶん熱心に練習をしていたと思います。

しかし、それだけ根を詰めて練習をして、娯楽もない日々を過ごしていると、ストレスもたまります。ちょっとしたもめごともよくありました。

例えば楽器を動かしてセッティングをする際に、どうしてもさぼる人が出てきます。みんなで一生懸命やろうというときに、誰かがあまのじゃくなことを言い出して、雰囲気が悪くなることもありました。

僕にとっての合宿は、「楽しかった」というよりも、「大変だった」という印象が強い思い出です。空気も張りつめていて、今にして思えば、もっとやりようがあったのではないか、と感じます。

指導者として合宿に参加する際は
「心と体のリフレッシュ」を意識

結果として、高校生のときは県大会までは進むことができましたが、目標だった県の代表にはなることができませんでした。

アマチュアの場合、スタープレーヤーがたくさんいても、みんながまとまらなければ良い演奏はできません。方向をみんなでそろえないと、なかなか良い結果にはなりにくい。改めて振り返ると、そういう意味で、高校生のときはあまりうまくいかなかったのかもしれないですね。

今、指導者として学生の合宿に参加することもよくあるのですが、意識しているのは、息抜きをしてリフレッシュできる時間を作ることです。例えば高校生の合宿の場合は、「みんなでアイスを食べよう」と提案することもあります(笑)。

普段学校で練習しているときは、家に帰って一人で好きなことをする時間がありますが、合宿の場合は、それがありません。集中力が続く時間には限度があると思うので、頭をリフレッシュする時間を作ることは、良い演奏を作り上げるためにも大切なことではないでしょうか。

体のことを考えても、休むことは必要です。楽器も筋肉を使います。おかしくなる前に休まないと、限界を超えて故障してしまうこともあるんです。そこまで至ってしまうと、今度はそれを治すのに時間が必要になり、かえって遠回りになってしまいます。特に高校生のような若い人たちは、どこまでやるべきかの加減が分からないことがあります。昔は体育会のノリで、疲れていても根性で乗り切れ、という考え方があったかもしれませんが、こちらがしっかりと休む時間を作り、頭と体を休めながら練習できる環境を整えることが、指導者としては大切だと思います。

今の指導方法につながる
中学生時代の出来事

指導することに対して、いろいろなことを考えるきっかけとなった経験が、合宿以外にもう1つあります。

中学生のころの出来事なのですが、コンクールの直前、事情があって顧問の先生が部活に来ることができない時期があり、その間、僕が演奏を見ることになりました。指導をしていて感じたのは、「できていないところ」は、どんな人でも気が付くことができる、ということです。しかし、それをどうやったら改善できるかを伝えることは、簡単ではないんです。悪いところを指摘するだけであれば、誰でもできますが、それだけでは演奏を良くすることはできないんです。

当時の僕にはそれが難しく、どうやったらできるようになるのか、頭を抱えながら部活に取り組んでいたことを今でもよく覚えています。

結果として、中学2年生のときは県の代表になれましたが、自分がみていた3年生の時は、1点足りず代表になることができませんでした。

中学生の僕は、その結果にショックを受けました。ピアノは一人で演奏しているので、感覚的に弾いているだけでどんどんいろいろな曲をこなすことができました。しかし、みんなで演奏するときには、そうした感覚だけでやってきたやり方を変えないとだめなんだ、音楽的なことを高めて伝えられるようにならないと、見えない景色があるんだ、と痛感した出来事でした。

今、仕事として指導をする時に、そのときの経験が生きています。できないところを指摘するだけでは、改善につなげることはできません。何が足りないのか、どうすれば良いのか、足りないところを補填して、違う道筋、アプローチを見つけてあげることを、指導する上で大事にしています。

プロとして音楽の質を保つために
自分自身もオンオフを切り替えている

プロとして演奏活動をする上で、自分自身もリフレッシュを大切にしています。意識しないと1日中音楽のことを考えてしまうので、いかに音楽から離れるかが、職業音楽家の場合は大切です。

簡単にできるのは読書。最近よく読むのは紀行ものです。行ってみたいな、という憧れや希望を感じたり、昔行った場所に関する本を読んでいろいろと思い出したり。また、歴史ものも好きですね。

それから、料理も良くします。自分のおつまみを作ることもありますし、先日は弟子たちが遊びに来てくれたので、コース仕立てで料理を振舞いました。近所によく行く精肉店があるので、宮崎牛を買ってバルサミコのソースを作ったのですが、好評でした。

リフレッシュをする時間を作り、体に負担が残らないようにすることは、音楽のクオリティを保つために必要なことです。皆さんもぜひ、オンとオフを切り分けながら、良い演奏を作り上げてほしいな、と思います。